足音だけが鳴り響く殺風景な廊下・・・。


・・・。
・・・・・・。


刑事に連れられ、無言で遺体安置室へと向かい扉を開かれる・・・。







冷たく、薄暗い部屋の中にシーツの掛けられたベッドが一つ、置かれている。
入口から覗く中央のベッドに身がすくみ、オレは耐え切れずに口を開いた。

「・・・・・・本当に、丸藤亮なんですか?」

刑事はオレの質問に横目で視線を送ると、部屋の中央へと進みながら事務的に答えた。

「持ち物の中に丸藤亮さんの免許証を発見しました。他には、現場に遺書が残っていました」

前を歩く刑事の背中に呟くように疑問を投げ掛ける。

「遺書・・・?」

カイザーが・・・遺書を?
ベッドの前で背中を向けてオレを待ち受ける刑事に足早に追い縋る。
シーツの掛かったベッドを前にして、オレは不可解な説明をする刑事の顔を脇から覗き込んだ。

「はい、遊城さんに対しての遺書です」

遺体にも、オレにも目を合わさずに刑事は淡々と言葉を続ける。
身元確認の為開封したと前置きをして刑事はオレに一通の封筒を差し出した。

「オレへの・・・・・・?」

疑問が口から零れ落ちる。
カイザーがオレに遺書を・・・。
無造作に左手で封筒を差し出す刑事から震える手で受け取り、中身を取り出す。
息を呑み、目を凝らして確認する。


・・・。


『十代へ
 もう、裏の世界で生きる事に疲れた』


えっ・・・・・・!?


信じられない書き出しで遺書は冒頭から綴られている。
オレはこの目を疑い、すぐさま続きの文面へと目を走らせた。

『GXの隊長を務めた俺が、気が付けば地に落ちたものだ。十代には黙って黙って悪事を繰り返してきた俺だがもう限界だ』

GXって・・・!?
カイザーは『限界』なんて言葉、口にする人じゃない。

『死んで悔い改めたいと思う』

違う・・・カイザーじゃない・・・。

『十代、お前とGXで一緒に仕事をしていた時が一番楽しかった。お前は、幸せになってくれ』

違う、違う、違う・・・。
カイザーじゃない!
全然違う。
こんなのカイザーの筈がない。
この文面からは、微塵もカイザーを感じられない!!
隣の刑事に、そう伝えようと顔を上げると刑事がシーツを捲った。





「っか・・・いざー・・・っ」
「・・・こちらが遺体です」

な・・・ぜ・・・?
どう・・・して・・・こんな・・・、こんな姿で・・・。
青白い顔で横たわっているのは、紛れもなく、カイザーに間違いない。
伏せられた瞳に、閉ざされた口。
昨日まで、その瞳でオレを見つめていたのに・・・その口で微笑んでくれていたのに・・・その腕でオレを抱き締め、何度もキスを重ねてあんなに元気だったのに・・・何故・・・こんな変わり果てた姿に。


・・・。


「遺書にあるように、罪悪感と良心の呵責から衝動的にとった行動のようですね。お悔やみ申し上げます」

狼狽しているオレに刑事は事務的に事を進めようとした。
淡々と話を進める刑事にオレは声を荒げて伝えた。

「違う!この遺書はカイザーが書いたモノじゃない!!」
「ええっ?」

事務的な刑事に何とか分かってもらいたくて震える声で説明した。

「カイザーは、カイザーは・・・、右腕が動かないんだ。遺書なんて書ける筈がない!!」

オレの目の前でカイザーが冷たい顔をして眠っている。
でも、これは・・・これは・・・自殺なんかじゃない!

「ワープロのようですから・・・、左手で入力されたんじゃないですか」

取り付く島もない刑事に苛立ちを覚え取り乱しながら食い下がる。

「そんな筈ない!この人はメールですら満足に送れない人なんだ。一緒に暮らしているオレに隠れて出来っこないんだ」

詰め寄るオレに、刑事は明らかに適当に答えてきた。

「ふぅ〜。今はインターネットカフェも、出力センターも街中にたくさんありますからねぇ」

オレにも、横たわるカイザーにも一切、目を合わす事のない刑事のそのいい加減な態度に怒りを抑えきれず、オレは声を張り上げた。

「ふざけるなっ!!アンタも刑事なら、GX隊員が経歴に触れちゃいけない事くらい分かってんだろ!!GXの隊長だったカイザーが、オレたちの経歴に触れる筈ないじゃないか!!!」

何で・・・何で分からないんだ。
誰が見たって、こんな遺書・・・鵜呑みにしようがないじゃないか。
今まで何度となく、命を賭けてテロリストを制圧してきたカイザーが・・・組織の為に体を張ってきたカイザーが・・・これ以上・・・馬鹿な事を、口にさせないでくれ。
悔しくて、情けなくてオレは唇を噛み締めた。
黙りこくるオレの様子を横目で眺め、刑事が大きく息を吐いて口を開いた。

「・・・遺書にあるように、丸藤さんは裏で何かやっていたようですよねぇ。悪い事をする人ってのは、口も軽いものですよ」

オレの思いは届かずに・・・耳を疑う、蔑んだ言葉。

「なんだと!」

睨みつけるオレに刑事は目を合わす事なく重たそうな口振りで淡々と続ける。

「裏で悪事を重ねていたなら、誰かに恨みを持たれていたかも知れない。・・・でも、GX関係者なら、些細な悪事に手を貸した自分を許せずに、命を持って清算した。ただ、それだけの事ですよ」

この刑事が・・・、オレに粗雑な態度で接していた理由がようやく理解出来た。


・・・。


これが・・・これが、組織の回答だって言うのか。

「アンタたちの都合の良いように処理するってのか・・・」
「怪しい人間が、怪しい死に方をする。おかしな話じゃないでしょう。遊城さん、あなたも元・・・」

『もと・・・』と、言い掛けた言葉を刑事は飲み込み、含みを持たした。
組織のメンツや事情を察せとでも言いたいのか・・・。
組織の一員だったからこそ、こんな見え透いた遺書に納得できる筈がないじゃないか・・・。

「っふん。ご協力ありがとうございました。今日はもう、お引き取り下さい」

遺体の身元確認だけ済ませると刑事はオレを追い返した。


・・・。


カイザーが元組織関係者だからこそ、疑わしきは闇から闇へ・・・。
オレたちが命を賭けて過ごしたGXでの日々は・・・何だったんだ…。















刑事に追い返された後・・・いつ、署を後にしたのか、どこを歩いてきたのか覚えていない・・・。
気付くとオレは公園の中を歩いていた。
カイザーのマンションからすぐ近くにある公園。
どのようにしてここまで辿り着いたのか分からない・・・。
この目で確認したカイザーの遺体を現実として受け入れられず・・・でも・・・青白く横たわっていたカイザーの姿が焼き付いて離れない。
遊ぶ子供たちの声に引き寄せられ公園を彷徨いながら漠然と現実を振り返る・・・。



         『自殺・・・カイザーが・・・・・・』                     
                      『裏の世界で生きる事に疲れた・・・?』




                『俺は悪に手を染めたとは思っていない』



   『死んで悔い改めたい・・・?』



            『上の命令なら業務で、この手のダニを始末すると悪だとでも?』



                                        『カイザー・・・』



           『怪しい人間が、怪しい死に方をする。おかしな話じゃないでしょう。』



「そんな事・・・あるか・・・」





「あー、雨降ってきたみたい」
「ええ〜、ぼく、ブランコのってないのにぃ〜」
「濡れちゃうから帰るわよ。ほらっ!」
「ええ〜、もう〜」
「ママに叱られちゃうでしょ」





           『そうだな・・・・・・。とりあえず、恋人らしく下の名前で呼んで欲しい』
                     『下の名前・・・か?』
                  『あぁ。『亮』と呼んでくれないか』



「カイザー・・・・・・。オレ、オレ・・・まだ下の名前で・・・・・・呼んでないッ・・・」

今までの・・・カイザーと関わり、過ごした日々が走馬灯のように目の前を過ぎていく・・・。
初めて会った時の事・・・。
仕事を教えてもらった時の事・・・。
一緒に戦った時の事・・・。
カイザーが撃たれた時の事・・・。
閉じ篭もっていたオレを連れ出しに来てくれた時の事・・・。
共に過ごすようになってからの日々の事・・・。




                    ああ・・・もう二度と・・・・・・亮・・・アンタと・・・